ルホヴィツィ (Lukhovitsy)
ルホヴィツィは1594年の記録に、リャザン主教の領地である「グルホヴィチ」(Глуховичи)の名で登場する. この村はモスクワとリャザンの間にあることから、都市への農産物の出荷で栄えた. 1860年代、モスクワとリャザンを結ぶ鉄道本線がこの地を通ったことから産業が発達し始める. 1920年代半ばまで「ルホヴィチ」(Луховичи)と呼ばれたが、その後ルホヴィツィと改められた. 1957年に市の地位を得ている. MiG設計局が航空機の試験施設をルホヴィツィに移転し、さらに製造部門も移転してきたため街は大きく発展した.
17世紀のロシアにおいて、内陸河川用の船を作る大きな造船所があったことで知られるオカ川沿いのデディノヴォは、ルホヴィツィの北東11kmの位置にある. ロシア最初の軍艦であるフリゲート・オリョールは1669年にデディノヴォで建造され、ヴォルガ川流域やカスピ海で活躍した.